<上方舞との歩み>
芳恵さんは昭和46年東大阪市で出生。おばあさんが習っていたことがきっかけで3歳のとき、上方舞山村若峯董師匠に入門しました。そして平成3年20歳のときに名取となり、山村流宗家より若峯董芳恵の名を許されました。その後、東京国立劇場主催の舞の会 などに出演するなど、若手舞踊家としてさまざまな舞台で活躍していきます。
一方芳恵さんは、大 学卒業後大阪市内のホテルに就職。しかし最初の1~2年 は仕事がきつく、何度も舞を辞めようと思ったといいます。そんなとき、山村若峯董師匠が芳恵さんの自宅まで稽古をつけに来てくれるなど熱心な支えがあり、 次第に上方舞の魅力に気づいた芳恵さんは、「かっこよく舞えるようになりたい!」と思うようになりました。そして、上方舞を真剣に打ち込むことを決意。平 成12年退職とともに「山村流ゆかた舞」を開講し、上方舞の体験教室を始めました。そこには、自身 が稽古に励むだけでなく、地元で基盤固めする意味もあったと言います。さらに平成16年には、お弟 子さんを集めて「峯風会」を結成。毎年、若江岩田のイコーラムホールでお弟子さんたちの日ごろの成果を披露する発表会を催しています。
<上方舞の魅力を発信>
平成17年、自ら上方舞の魅力を発信していこうと、自 身の舞の会「わかもみぢ」を企画。上方舞は宴席などの座敷で舞うことから座敷舞とも呼ばれるため、当時のような近い距離で上方舞の上品で静かな舞を楽しん でもらいたいと思い、大阪市内の芸事にゆかりのある寺、壽法寺
の本堂で初めて開催しました。2年前 からは、同寺が笑福亭一門との縁が深いことから、上方舞と落語とのコラボレーションが実現。この催しは新聞に取り上げられ、昨年の「わかもみぢ」では立ち 見の人も出るほど盛況だったそうです。
(「わかもみぢ」が 行われる壽法寺)
<さらなる飛躍>
昨年、これまで磨い てきた芳恵さんの芸が高い評価を受けます。4月に行われた「第46回なにわ芸術祭」日本舞踊部門の新人コンクール「新進舞踊家競演会」で新人奨励賞を受賞したのです!芳恵さ んは「受賞は感激しましたが、一つの節目だと思っています。改めて精進して いかなければいけないと思っています」と気を引き締めていました。
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 (「第46回なにわ芸術祭」にて 左から2番 目が芳恵さん)
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<今取り組んでいることとこれからの夢>
現在芳恵さんは、3月 の舞の会「峯風会」を前に週に5日は稽古に励んでいます。お弟子さんは高校生から70歳代まで11人います。お弟子さんを教えながら芳恵 さんは、「今後は上方舞を楽しんでもらってその良さを伝えていける場を作っていきたい」と思っています。上方舞を始めてから現在まで、地元東大阪で活動し ている芳恵さん。その理由を尋ねると、「地元で地道にやっていきたい。そして自然に認められるようになればいい」と控えめ。しかし、「上方舞は静かで品が あってかっこいいと思います。一人でも多くの人々にそう感じてもらえたらうれしい。そして、こんな伝統芸能があるということを残していっていろいろなとこ ろで発信したい」と夢は尽きません。
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 (インタビューを受ける芳恵さん)
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伝統芸能の世界では、芳恵さんはまだまだ若手。これからますます精進して、上方舞の魅力を伝えるために今後も 芳恵さんの挑戦は続きます。
<取材を終えて>
上方舞の名取という ことで、最初にお会いするときはとても緊張していましたが、とても気さくな方で、上方舞のことを何も知らないわたしたちに親切丁寧に教えてくださいまし た。お話するうちに、上方舞が決して敷居の高い伝統芸能ではなくむしろ庶民の間で親しまれていたということが分かり、とても親近感が沸きました。みなさん にも身近に感じてもらえたらうれしいです!芳恵さんには、地元の古典芸能の旗手として今後の活躍を応援したいと思います。そして上方舞に少しでも興味を 持った方はぜひ、実際に見に行きませんか?
今後のスケジュール
「第46回なにわ芸術祭」 平成22年4月29日 昨年の新人奨励賞受賞者として出演。山村流 の奥許物(おくゆるしもの)『三国一(さんごくいち)』を舞 う。
芳 恵さんのオフィシャルホームページ「ツメノサキ」
http://www.tsumenosaki.com/