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「越えられない壁はない」その信念で打ち上げた まいど1号

東大阪の中小企業などが力を合わせて打ち上げて、有名になった「まいど1号」。現在は、当初予定していた全ての任務を終え、地球の周りを回っています。今村さんは打ち上げ当時の理事長で、打ち上げに様々な困難が伴う中、それを克服し、陣頭指揮をとっていました。そんな今村さんからまいど1号が役割を終えた今、その心の内とこれからの熱い思いを聞いてきました。

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(2009/10/10)

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今村博昭(いまむら ひろあき)さん
1966年日本大学工学部卒業。1976年に現在の日本遠隔制御の設立に、技術担当取締役として加わり、現在、同社取締役常務。SOHLAには、2002年設立時からメンバーとして尽力し、2008年5月~2009年5月まで同組合の理事長を務めた。現在は理事。


◇私が理事長に!?
今村さんが理事長 に選ばれる。今村さん自身は人のマネジメントなどは苦手分野であったが、純粋にまいど1号を打ち上げたいという思いから引き受け、最終的には技術志向の強 いメンバーらをまとめ上げた。

 


◇壁を乗り越えて
SOHLAはJAXAから小型衛星の設計などの技術協力を受け、製作に取り掛かることとなった。このとき、今村さんは「まさかこんなに本格的な衛星を つくることになるとは思わず、正直、困った」と感じたという。どれだけ東大阪の中小企業の技術力が素晴らしいとは言え、衛星を打ち上げることは一朝一夕で できることではない。特に、厳しい宇宙空間で実用に耐えるだけの耐用性、地球からの遠隔操作や各種実験調査を的確に行う精密性を限られた予算の中で実現させな ければならず、それは普通ならばできない仕様だと今村さんは話す。

今村さんが最も手を焼いたのは、打ち上げ時の振動・熱から電子制御部分をいかに守るかということと、電子制御時の消費電力をどうコントロールするかということだ。何度か設計変更を余儀なくされた。

しかし今村さんをはじめ、SOHLAのメンバーはあきらめなかった。それはメンバーがみなこれまで、大企業との競争の中で、オンリーワンの技術を磨いて きた中小企業だからだ。小さな町工場では役割分担なんて言ってられない。ひとりで設計から、製造まで何でもこなす。何度も何度も失敗を繰り返しながら、成 功へとつなげてきた。今村さんは言う。「私たちは、何があってもやってやるという気持ちが強い。越えられない壁は存在しない。少々のことではへこたれな い」この強い信念こそが、まいど1号を宇宙へつなげたのだ。


◇まいど1号はビジネスではない
これほど大きな反響があり、多くの人々に感動を与えたまいど1号だが、実は参加した中小企業の直接のビジネスには繋がっていない。そして、そもそもビジ ネスのために打ち上げたのではないと言う。ものづくりの現場では、人材不足が深刻となっている。特に若い人の関心は薄く、技術が継承できず、やむなく操業 を終える企業も多い。その中で、「人のやらないことをやろう。若い人たちに技術の素晴らしさと希望を伝えよう」という思いで、メンバーが一致し、まいど1 号を見事打ち上げた。
結果、今後の活動を一緒にしようという人や企業が現れ、このプロジェクトの関わりをきっかけに、市内の中小企業へ就職した若者もいる。メンバーの思いは確かに、ビジネスを越えて、人々につながったのだ。

◇    こどもたちに技術の面白さを伝えたい
今後の活動について、今村さんは、「ぜひ子ども達に技術の面白さを伝え、ものづくりに関わる人材を育てて生きたい」と語る。今村さん自身、子どもの頃か ら、身の回りの機械に興味を覚え、分解したり、無線などを楽しんだりしてきた。そういった経験が今に繋がっている。今村さんは続ける。「一流のスポーツ選 手は子どもの頃から英才教育を受けている。ものづくりにもそういった英才教育が必要ではないか」

今村さんは現在、市内の小学校でモノづくり教室を開催したり講演を行ったりして、将来のモノづくりの担い手育成に力を注いでいる。

 

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